d.lab Systems Design Lab

Chapter -1-

汎用チップから専用チップへ

半導体産業のゲームチェンジ

2020.04.11

汎用チップの時代と専用チップの時代

汎用品は、規格大量生産によって低価格にできるので広く普及します。一方、専用品は、価格は高いが、優れた性能や品質・信頼性を提供できます。

半導体ビジネスは、汎用チップが主役です。年間50兆円の市場で2兆個のチップが生産されていますから、平均単価はわずか25円。

1兆円を投じて建設した最新鋭の工場から出荷される最先端のチップでも数100円で売られています。薄利多売のビジネスです。

汎用チップが大量に売れる主な理由は、コンピュータがフォン・ノイマン・アーキテクチャを採用しているからです。

処理手順とデータをメモリから読出して、プロセッサがその手順に従って処理をしたデータをメモリに戻す。これを逐次繰り返せばどれだけ複雑な処理も実行できるし、処理手順すなわちプログラムを変えればどのような処理も実行できます。

つまり、コンピュータ発展のシナリオは、プロセッサとメモリを大量生産してハードウェアを普及させ、ソフトウェアでさまざまな用途に利用するのです。したがって、半導体ビジネスの王道は、プロセッサとメモリを安く大量に供給することです。

ビッグデータの利活用が始まれば、センサーがこれに加わるでしょう。

このビジネスの戦い方は資本競争です。DRAMやフラッシュメモリ、あるいはCPUやGPUといったチップが発明され、それが大きなビジネスになると認識されるや巨大な資本が投入され、たちまち過当競争が起こり、業界再編の末に寡占化されます。

日本は、デバイスのイノベーションでは勝ちましたが、資本競争で敗れました。


一方で、専用チップが成功した時代もありました。1985年から2000年にかけて、ASIC(特定用途向け集積回路)が大きな市場を創りました。

プロセッサやメモリを相互に接続するための論理回路(glue logic)は、システムごとに異なります。当初は標準ロジックチップを組合せて実現していましたが、それらをASICに集積することでシステムのコストや面積を削減できました。

さらにコンピュータを用いた設計(CAD)技術を駆使して開発の費用と時間を大幅に削減できたことが、ASICで採算が取れた大きな要因です。複雑なチップだと100人以上の設計者で1年以上の時間を要しますが、CADを使って1人の設計者が1か月で設計できるようにしたのです。

1980年代に、レイアウトや論理を自動生成する技術がカリフォルニア大学バークレー校を中心に研究開発され、ツールベンダーも誕生しました。加えて、セミオーダーで洋服を仕立てるように、半完成品のチップを製造しておき最後に配線をカスタマイズするセミカスタム製造方式も開発されました。

こうした設計開発のイノベーションによって、開発効率は一気に3桁高くなりました。

しかし、15年後にはムーアの法則によって集積度が3桁増えてしまい、コンピュータを駆使してもかつて以上に人員や時間がかかるようになりました。その結果、ASICビジネスは採算が取れなくなり終息しました。


このように、汎用の時代は、デバイスのイノベーションで幕が開き、資本競争の末に幕が下ります。一方、専用の時代は、設計開発のイノベーションで幕が開き、ムーアの法則で幕が下ります。


汎用チップから専用チップへの参照図
図:データ社会のエネルギー危機とムーアの法則の減速で専用チップの時代が到来する

ゲームチェンジ:GAFAが専用チップの自社開発に乗り出した

ここにきて、ゲームチェンジが起きています。IntelやQualcommといった半導体専業メーカーから汎用チップを調達していたのでは競争に勝てない。そう感じた「GAFA」などの巨大IT企業が、専用チップの自社開発に乗り出したのです。

その背景には、3つの理由があります。

第一の理由は、データ社会特有の「エネルギー危機」です。データが急増し、AI処理が高度化して、エネルギー危機に拍車がかかっています。

現在の技術で省エネルギー対策が全くなされないと仮定すると、2030年には現在の総電力の倍近い電力をIT関連機器だけで消費し、2050年にはそれが約200倍になると予想されています。

デジタルトランスフォーメーションに莫大なエネルギーを費やして地球環境を破壊することになるのなら、サステイナブルな未来は望めません。

チップの消費電力はかつて0.1W程度でした。理想的なスケーリングシナリオに従えば、電力密度を一定に保ったまま性能コスト比を改善できたはずです。

しかし実際には、それ以上に性能改善を優先させた結果、電力は15年間で1,000倍増え、2000年には100Wに達しました。チップの電力密度は調理用ホットプレートの30倍を超えています。クラウドサーバーの冷却に莫大な電力が消費されています。

冷却の限界を超えると、集積はできても同時には使えないトランジスタが増えます。7nm世代では全体の3/4が、5nm世代では4/5のトランジスタが同時には使えません。

こうした制約下では、エネルギー効率を10倍高めた人だけが、コンピュータを10倍高性能にでき、スマートフォンを10倍長く使えます。

あらゆるタスクをこなせる汎用チップに比べて、無駄な回路をそぎ落とした専用チップは、エネルギー効率を10倍以上高くできます。

第二の理由は、AIの出現です。神経回路網と深層学習は、データを持つ者に情報処理の新しい方法を授けました。

神経回路網は、私たちの脳と同じく配線接続が機能を与える布線論理です。逐次処理をするフォン・ノイマン・アーキテクチャに比べて、並列処理によって電力効率を10倍以上高くできます。

第三の理由は、分業化が進んだ産業構造です。TSMCなどのファウンドリーが世界の工場となり、ユーザー自らがAIの性能を最大限引き出せるようビジネスモデルにあった半導体チップを自社で開発できるようになりました。

大量のチップを使うITプラットフォーマーなら、そうした方が半導体ベンダーから調達するよりも素早くかつ安く、より高性能なチップを調達できるのです。


知識集約型社会での製造業を考える

かつてアラン・ケイが「ソフトウェアを本気で考える人たちは、自分でハードウェアを作ることになる」と言いました。システム開発には、ハードとソフトの両方が必要です。

多用な制御が要求される論理的で計算的な情報処理にはフォン・ノイマン・アーキテクチャの汎用チップを用い、高度なAIが要求される直観的で空間的な情報処理には電力効率の高い専用チップを用いる。こうした新しいアーキテクチャの探究が始まっています。

もちろん汎用チップと専用チップには、低価格と高性能のトレードオフがいつもあります。

たとえば情報通信においては、比較的数量が出ないインフラ側では、仮想化技術を活用することで、できるだけ汎用ハードで機能を実現しようとします。一方、比較的数量が出るエッジ側では、専用チップで性能を高めてデータの地産地消を推し進めようとします。

専用チップに求められるのは資本力ではなく学術です。かつてカリフォルニア大学バークレー校がレイアウトや論理の自動生成技術を創出したように、機能やシステムを自動生成する学術の創出が求められています。大学が担う役割は大きくなっています。


20世紀は「汎用」の時代でした。戦後、物量崇拝と経済効率礼賛のもと、規格大量生産が経済成長を牽引しました。

やがて社会が成熟すると、全体の成長から個人の充実に価値がシフトしました。その結果、工業社会は終わり知価社会が始まりました。

この変化が先進国から発展途上国に広がる過程において、日本は規格大量生産を続けたことで一時的に繁栄しましたが、やがてアジア諸国の後塵を拝することになりました。

今世紀は「専用」の時代になるでしょう。資本集約から知識集約へ、規模から知恵へ、量的拡大から質的発展へ、物質から精神へ、便利から楽しいへ、製品からサービスへ、大量から多様へ、画一から個性へ、誰でもできるから他の人にはできないへ、価値は移ります。

そのとき、製造業はどうなっているのでしょうか?その答えを探すのがd.labの使命です。