d.lab Systems Design Lab

Chapter -10-

タイムパフォーマンス

時は金なり

2020.09.23

コストパフォーマンスとタイムパフォーマンス

「コスパがいい」という表現をよく耳にします。コストパフォーマンスは、半導体事業でも最も重視される指標です。

しかし、最近「タイムパフォーマンス」も重要だと考えるようになりました。その理由は2つあります。


1つは、社会が資本集約型から知識集約型に変化するからです。

日本は、戦後復興で工業立国を目指し、さらに半導体技術で電子立国を目指しました。工業社会(Society3.0)と情報社会(Society4.0)は資本集約型社会です。大きいことが良くて、大量規格生産、大量消費が奨励されました。しかし、環境への負荷が増大するにつれて成長の限界も明らかになりました。

日本では、少子高齢化が急速に進展しています。私たちが目指す新たな社会は、「人間中心の社会(Society5.0)」、つまり皆で知恵を出し合う社会です。

知恵が価値を生む社会、すなわち知価社会は、個を活かす社会でもあります。持続可能な成長戦略を立て、総活躍社会を目指すことが日本の新しい戦略です。

そのための駆動力がデジタル革新です。期せずして新型コロナウィルスの感染拡大がデジタル革新を加速しています。デジタル革新はプラットフォーム作りから始まります。その際にスピードが勝負を決します。

資本集約型社会では、材料が資源でモノが価値でした。つまり、材料から部品を作り、製品に仕上げます。そこに、サービスやデザインやマーケット戦略といった知恵が加わり社会実装されます。半導体は部品です。部品は安くなければなりません。

一方、知識集約型社会では、データが資源で知恵が価値です。つまり、IoTと5Gで集めたデータをAIで分析し、サービスやソリューションに仕上げます。そこに半導体の力が加わり社会実装されます。

つまり価値づくりの主客が転換して、半導体の役割はより高い価値にシフトしたのです。半導体事業もかつての部品事業から社会実装事業に脱皮しなくてはいけません。新しい戦略が必要です。


タイムパフォーマンスが重視されるもう一つの理由は、半導体が産業のコメから社会のインフラになるからです。

資本集約型社会では、資源である材料を運ぶ道路、港湾、鉄道が社会インフラでした。しかし、知識集約型社会では、データが資源ですから社会インフラは情報ネットワークになります。情報ネットワークを支えるのは半導体です。


部品としての半導体事業ではコストパフォーマンスが重視されました。テレビやPCやスマホといった民生品は数年ごとに買い替え需要があるので、コスパの高いデバイスが後から出ると消費者は買い替えてくれます。つまり、コストパフォーマンスが重要です。

しかし、通信機器やロボットといった産業品は10年は買い替え需要がないので、後からコスパの高いデバイスが出ても事業者は買い替えません。結局、先に市場に出たデバイスが広く使われます。


このようにSociety5.0時代の半導体事業は、タイムパフォーマンスが重要です。「時は金なり」です。タイムは開発効率で決まり、パフォーマンスは電力効率で決まります。


ポスト5Gに求められる半導体

5Gでは、多様なサービスやユースケースに対応できるように、基地局のソフト化が求められます。すなわち、汎用サーバーの上で機能を仮想化したりスライシングすることで、ネットワークを柔軟に構築できることが必要です。

一方、5G以降は、電波が飛びにくくセル範囲が狭くなるので、基地局の小型化が求められます。つまり、多くの基地局を都会に安く設置するためには、電力と容積と重量を小さくしなければなりません。通信事業者の目標は、「5ワット、5リットル、5キログラム」です。

小型基地局では十分な電力を使えないので、サーバーの性能を抑えざるを得ません。不足する性能を補うためには、電力効率の高いハードウェアアクセラレータが必要になります。FPGAやASICを搭載したネットワークカードをサーバーに装着して、演算量の大きな定型処理はハードウェアに任せることになります。

このように、5Gから汎用サーバーが導入されるとしても(実際、4G以前はASICを用いた専用ハードを使っていました)、性能とコストを決める鍵はFPGAやASICです。

汎用サーバーにFPGAやASICをアクセラレータとして装着した場合、どれだけの費用と電力、容積、重量が追加で必要になるかを試算しました。結果を表にまとめます。想定した条件を変えれば値も変わりますが、相対比較はできます。


イメージ
表:5G基地局ハードウェアのタイムパフォーマンス
RaaSではアジャイル3D-FPGAとアジャイル3D-ASICを研究開発する

電力制約下で引き出せる性能をサーバーとFPGAとASICで比較すると、1/50:1/30:1/6、すなわち1:2:8となります。性能を引き出すにはASICが極めて有効です。CPUやFPGAの電力効率が悪い理由は、プログラムできるようにするための回路が相当余分に必要だからです。過去のソフトウェアも使えるようにするには、さらに歴史の垢が回路に積もります。

しかし、少量生産のASICはコスト高が懸念されます。7nm以降はマスク代だけでも10億円しますし、EUVリソは装置の減価償却が終わるまで高いでしょう。それでも10万個も生産すればサーバーの値段の1/10です。つまりサーバーの利益率はそれだけ高いのです。

近年、汎用チップを用いずに専用チップ(ASIC)を開発するように世界の潮流が変化した理由は、電力とコストの削減が目的です。すなわちコストパフォーマンスがいいからです。ASICを作った方が、性能はいいしコストも下げられるからです。


かつては通信機器メーカも積極的にASICを開発しました。1990年代にはトランジスタ数が10万個程度だったので数カ月でASICを開発できました。しかし今はトランジスタ数が10億個に増えたので、設計だけでも1年以上かかります。

つまり、集積度が高くなり、設計・検証にかかる期間を許容できなくなったことがASICの課題です。加えて日本ではASICの設計能力が失われつつあることも問題です。半導体産業の斜陽化による人材の流出・損失は痛手です。


通信はインフラ事業なので、事業継続性が最も重要です。周波数割り当ての既得権益を持って安定して事業を行うことができる通信事業者が、仕様を決めて複数のベンダーを競わせます。ベンダーは、厳しい国際競争にさらされて、M&Aの果てに少数の巨大メーカだけが生き残ります。しかし、昨今の経済安全保障のためのサプライチェーン確保の流れが、こうした産業構造の見直しを求めています。

ベンダーの競争は、仕様が決まってから市場投入までのリードタイムの短さになります。通信機器事業では、最初に装置を発売した会社がシェアをとることが多いからです。


タイムパフォーマンスはAIでも重要です。なぜなら、AIの技術進歩は速く、数年前のAIは誰も使わないからです。


コンピュータを駆使する

通信事業者の人から次のような話を聞きました。「ビジネス習慣の違いもあるのだろうが、中国のメーカはFPGAを2カ月で設計するのに対して、日本のメーカは6カ月以上かかる。そこで、どうして中国は2カ月で設計できるのかを視察に行ったら、人海戦術だった。」

日本がとるべき戦術は、人海戦術ではなくコンピュータを駆使して人を介在させないこと、つまり“no human in the loop”です。


RaaSでは、タイムパフォーマンスを追究して、開発効率10倍かつエネルギー効率10倍を目標に研究開発します。

開発効率10倍を目指して、アジャイル設計プラットフォーム(前出の表のアジャイル3D-FPGAとアジャイル3D-ASIC)を研究開発し、RISC-Vなどのオープンアーキテクチャを国際連携で展開します。コンピュータを駆使して、人が介在しない全自動の設計・検証でミスの入る余地をなくします。

同時にエネルギー効率10倍を目指して、3D集積技術を研究開発し、TSMCとの連携で先端CMOSを活用します。チップを積層して同一パッケージ内に集積することで、データの移動距離を桁違いに短くし、エネルギー効率を大幅に改善します。

この戦略は、アメリカDARPAのプロジェクト「エレクトロニクス復興イニシアティブ:ERI」の戦略と共通点が多いです。異なるのは、日本が得意な3D集積と組合わせた点です。つまり、EDA×3D集積でアジャイル設計プラットフォームを創出します。


日本の通信事業者は、チップ設計をクアルコム(米)、MediaTek(台)、ブロードコム(米)、ハイシリコン(中)に外注しています。海外のチップ設計会社に頼らなくても、チップユーザーがコンピュータで先端チップの設計をできるようにすることが私たちの目標です。