d.lab Systems Design Lab

Chapter -12-

半導体戦略

先々の先を撃つ

2021.11.01

ゲームチェンジ

2021年6月に経済産業省が半導体戦略を発表しました。その中に「日本の凋落」と題する一枚の資料があります。1988年に50%あった日本企業の世界シェアが、その後坂道を転げ落ちるように一直線に下降して、今では10%しかないことが示されています。そこに国民の注目が集まりました。

この30年間に世界の半導体は年率5%超の高度成長を続けたのに対して、日本は全く成長できませんでした。このままいくと「日本シェアはほぼ0%に!?」なりかねません。一方で、世界は、今後さらにデジタル革命の追い風を受けて年率8%で急成長し、2030年には現在の2倍の100兆円を突破する勢いです。

反転のシナリオは、あるのでしょうか?

半導体戦略の要諦は、一言でいえば微細化技術への積極投資です。

ただし、定石だけでは失った30年を取り戻すのは容易ではありません。競争の舞台の第2幕を予見して先行投資をすることも必要です。剣道でいう「先々の先を撃つ(備考)」です。


備考:「先」とは機先、つまり物事が起ころうとする、また、事を行おうとするその直前をさします。「先々の先を撃つ」とは、相手の気を早く察知して、相手が動くより先に打ち込んで機先を制すことです。


現下の複雑な情勢を読み解くためには、そのうなりを生み出す3種類の変化を理解する必要があります。

1つは産業の主役交代です。ロジック半導体は、インテルなどのチップメーカが開発する汎用チップから、GAFAなどのチップユーザーが開発する専用チップに主戦場が移ろうとしています。

アメリカの有力ベンチャーキャピタル25社が2017年から3年間に投資した案件を見てみましょう。なんとメモリへの投資の9倍もの投資が専用チップとAIチップに集中しています。

専用チップの時代の到来です。Chapter-1-

そもそも半導体ビジネスの王道は汎用チップを規格大量生産することですが、専用チップを特注少量生産した時代も過去にはありました。1985年から2000年頃です。汎用チップの間に散らばるロジックを1つの専用チップにまとめることで、製品の製造コストを削減できました。

ただ、専用チップは開発費がかかります。そこで、コンピュータを用いた自動設計技術がアメリカの大学から次々と生まれました。

しかし、15年経つとムーアの法則で集積度は3桁も増え、やがて設計は追い付かなくなりました。かくして専用チップの時代は終焉しました。

今再びゲームチェンジが起きるその背景には、エネルギー危機があります。爆発的に増大するデータをAIで分析するためには膨大なエネルギーが必要になります。無駄な回路を削ぎ落とし汎用チップに比べて桁違いにエネルギーを節約できる専用チップが求められます。

AI処理を専用チップでハードウェア加速し、多様な機能は汎用チップでソフトウェア処理する。つまり、両者の適正な按分がグリーン成長に欠かせません。


パラダイムシフト

2つ目の変化は、市場の波です。

4半世紀ごとに大きな波が半導体市場に押し寄せてきます。今がそのときです。

1970年から1995年にかけての家電、1985年から2010年にかけてのパソコン、そして2000年から2025年にかけてのスマートフォン。日本は最初の波を捉えましたが、第2・第3の波に乗れませんでした。第4の波に備えることが重要です。

家電は、アナログ技術による「フィジカル空間」の利便化です。一方、パソコンはデジタル技術による「サイバー空間」の創出であり、スマートフォンは無線ネットワーク技術によるサイバー空間の持ち歩きです。

いま押し寄せる第4の波は、センサとAIとモータを用いてサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を目指します。つまり、「デジタルツイン」を利用した人間中心の社会「Society 5.0」の創出です。

たとえば、クルマやドローンなどの移動ロボットを含むロボティクスです。

ロボティクスの知能レベルは、未来学者のハンス・モラベックによると、現在はネズミ程度ですが、2030年にはサル並みに進化し、2040年にはヒトのレベルに到達します。知能型ロボットが移動・物流・サービスから医療・介護・エンタメまでを一新します。

まさにこれは「課題先進国」日本が世界をリードできる市場です。日本が得意とするフィジカル空間のすり合わせも力を発揮します。

むろん、第4の波はこれに留まりません。発想力が試されます。と同時に、そのアイデアを直ちにチップに実装する俊敏(アジャイル)な開発力が求められます。


そして3つ目の変化は、技術のパラダイムシフトです。

1950年代のコンピュータは、演算器間の結線を切り替えることでプログラムする「布線論理方式」でした。

この方式には欠点が2つあります。処理できるプログラムの最大規模が予め用意したハードウェアの規模で制約されてしまう「規模制約問題」と、システムが大規模になると接続数が膨大になる「大規模システムの接続問題」です。

そこで数学者のフォン・ノイマンは、処理対象のデータと、データの移動および演算を指示する命令をメモリに記憶しておき、プロセッサがこの命令を順に解釈して演算処理を行う「プログラム内蔵方式(ノイマン型)」を発明しました。複数の演算器を用意してそれらを物理的に結線するのではなく、一つの演算器に毎サイクル違う命令を実行させることで規模制約問題の解消を狙った画期的な方式転換でした。

一方、「大規模システムの接続問題」をさまざまな角度から検討する中で生まれたのが、電子技術者のジャック・キルビーによって1958年に発明された集積回路(IC)でした。フォトリソグラフィを用いて一枚のチップに素子を集積し一括配線することで、この問題が見事に解決されました。

半世紀以上続いたこの2つの基本方式に、パラダイムシフトがいま起きようとしています。

1つは、ノイマン型から神経回路網へのシフトです。(Chapter-11-

プロセッサとメモリの間をデータが行き来してコツコツと逐次処理する代わりに、神経回路網ではデータがサラサラと流れて一気に並列処理します。その結果、エネルギー効率が大幅に改善します。

コンピュータがノイマン型のときはプロセッサとメモリが大量に売れましたが、今後はAI処理用の神経回路網を搭載した専用チップの市場が発展するでしょう。主役がプロセッサとメモリから神経回路網の配線接続にうつります。それはちょうど、脳幹、小脳から大脳へと生物が進化したのに似ています。

ヒトの脳では、生後50兆ほどしかなかったシナプスが小学校に入るころまでに20倍に増えます。その後、学習を重ねる中であまり使われることのなかったシナプスが刈り込まれて、最終的に無駄のない効率的な脳回路が完成します。すなわち、未完成で生まれ、遊びの中で大きく育ち、学びによって効率を高めるのです。

神経回路網もこれと同様の過程をふみます。機械学習による刈り込みの方法が現在盛んに研究されています。


もう1つのパラダイムシフトは、微細化から3D集積へのシフトです。(Chapter-4-

微細化がいよいよ限界に近づいています。3D集積は、データの移動に要するエネルギーを桁違いに削減できます。それはちょうど、国会図書館まで取りに行ったデータが手を伸ばすと届く位置に置かれるようなものです。

こうしてわたしたちは、1950年代の2つの根源的な問題にいま再び挑むことになります。ムーアの法則がいよいよ終幕を迎える中で、従来技術の延長にはない破壊的技術に実用化の機会が訪れます。


グリーン成長戦略

ここまでの考察からすでにお分かりのように、さまざまな変化の根源には、エネルギー問題があります。エネルギー効率を高めるために、汎用チップから専用チップに産業の主役が交代し、ノイマン型から神経回路網にアーキテクチャが刷新され、微細化から3D集積に技術の体系が変わろうとしています。

同時に、社会は資本集約型の工業化社会から知識集約型の知価社会へと進化します。もはやトランジスタを大規模集積した安価なチップが価値を持つのではなく、大量のデータをエネルギー効率良く処理できる能力とそれを生かして創造する優れたサービスに価値が移ります。

ただし、今後は脱炭素(カーボンニュートラル)の規制が重くのしかかります。エネルギー消費を積極的に削減しなければなりません。当然、これまでの貪欲(Greedy)な成長戦略から、グリーン(Green)な成長戦略への大転換が必要です。


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図:GreedyからGreenへ成長戦略を転換する

グリーン成長戦略の「3本の矢」は、3D集積のチョークポイント技術の創出と、専用チップをアジャイルに開発できるプラットフォームの構築と、そして国内に根を下ろして群生する産業エコシステムの保全です。

エネルギー効率の改善なくして成長なく、開発効率の改善なくして専用チップなし。すなわちこれからはタイム・パフォーマンスの追究が最優先課題です。もちろんタイムイズマネーであるから、これは従来のコスト・パフォーマンスを内包します。


イギリス元首相のウィンストン・チャーチルは、国難にあたって次のように述べました。

「目前にせまった困難や大問題にまともにぶつかること。そうすればその困難や問題は、思っていたよりずっと小さいことがわかる。しかし、そこで逃げると、困難は2倍の大きさになってあとで襲ってくる。」

インテルを創業したロバート・ノイスはこう語っています。

「イノベーションを起こすためには楽天的でなければならない。危険を恐れず変化を求め、安住の地を出て冒険の旅に出るのだ。」

日本シェアの反転は、覚悟と楽観を携えて、今日から始まります。